星を無効星を無効星を無効星を無効星を無効

夕方、山の上では13度でしたが下に下りて来ましたら22度でした。この秋一番の冷えこみでした。空気も澄んでいて夜景も遠くまで見通せて素敵でした。香港の夜景は100万ドル、六甲の夜景は1000万ドルの値打ちがあるとだれかが申しておりました。全くそのとおりだと思います。
なんと、事務所の近くの目と鼻のさきでアケビやムカゴを収穫することが出来ました。お客さまに教えてもらいましたが、はじめはウッソという感じでした。それもたくさんのムカゴが生っていました。今晩はムカゴごはんに、味噌汁にしょうと・・・・。本当に小さな幸せ見っけたという気持ちになります。
ひよっとしたら、その下には自然薯が・・・・ウッシシィ。ムカゴの好きな方お電話ください。こっそりあなただけに秘密の場所をお教えします。言うときますが先着3名までですよ!そうそう、先日は大きい栗も見つけました。焼き栗、栗ご飯、それとも蒸してもいいかな・・・・。ほんとに悩みましたよ。山の秋は最高だ!
----いれものが無い両手で受ける---- 尾崎放哉

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ある外人さんが投稿してくれましたGaijins in the mist が気になってしょうがないので思いきって訳してみました。

誤訳があるかもしれませんが、辛抱して読んでください。きっと参考になると思います。
時間をみて、すこしづつ訳していきます。

①山の頂上付近が霧に覆われている景色を想像して下さい。そこに住んでいる外人たちの住宅も雲に覆われています。日本の山奥で外人たちが何をしているか。また何で生 計を立てることができるかと不思議に思うかも知れません。
これは六甲山のお話です。六甲山は車で三宮まで30分、大阪まで1時間足らずで行けます。市街地が雨のとき、山は雲に覆われます。これは山に住んでいる人々には濃霧を意味します。

②六甲山は前世紀の始め、富裕な英国人のビジネスマンであるマーサ・グルーム氏によって名を全国的にはせるようにな りました。 1903年彼は日本で最初のゴルフコースである神戸ゴルフクラブを 創 立しました。
前世紀のほとんど、六甲山は外国人の ため にあるようなものでした。それも1960年代までのことです。その後、日本人が避暑のた め六甲山頂付近に別 荘を建てはじめました。
80年代に入ると、企業が従業員のため六甲山に保養所を建て始めました、そして、山に住み始めた管理人たちが維持するコンクリートの保養所が、山に出現しました。ゆったりと確実に、六甲山の建物が個人・企業を合わせて約450.軒に増えました。しかし、それはスーパー金持ちだけが六甲山に別荘をもつことができたのです。

③ バブル経済が90年代にはじけるまで、六甲山には管理人たちがメインとなる栄えた共同社会がありました。バブルがはじけ、業績の悪くなった企業が、保養所を徐々に手放し始めました。管理人たちは家に帰り、解体される建物も出始めました。いくつかの建物は、大変安くなったので持ち主が変わりました。

2005年の今日、ますます多くの保養所が閉鎖され、ゆっくりと六甲山はゴーストタウン化し、ゴーストマウンテンになりつつあります。

しかし、2005年の今、・・・・・・・<続く

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早いもので、あっという間に九月になりました。事務所近くの六甲山小学校も新学期が始まりました。また、朝夕は増す増す涼しくなってきました。いよいよこれから気持ちの中で冬支度が始まります。

ストーブの薪は十分に準備したかな・・・・・? 、外壁の傷み具合は・・・・・・、水道管の点検は・・・・・、セタッドレスタイヤも大丈夫かな・・・・・、というようなことが思い浮かんできます。山の下にすんでいる人にはたいへんそうに映りますが、これはこれで中々の楽しみがあります。六甲山にすんでいるある人に言わせれば、夏は夏、冬は冬と四季が非常にはっきりとしているところが六甲山の魅力らしいのです。私も山の下の住民の方に、六甲山の冬の寒さの話をしているとなにかお国自慢をしているような気になります。思わず胸を張ったりしているかもしれません。

薪ストーブを使いたいばっかりに山に移り住んだ方もおられます。昔は山の下でも結構寒かったのですが、暖冬の影響か、はたまた暖房器具の発達かもしれませんがシャッキとした寒さが少なくなりました。六甲山の空気も凍てつくような凛とした寒さもなかなかいいものですよ。冬が待ちどうしい-----?そんな馬鹿な!あれっ、秋の話をするつもりがすっかり冬の話になってしまいました。次回は秋のお話を書きます。乞う、ご期待を!
――月光のつらら折り持ち生き延びる――(西東三鬼)

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六甲山では、台風の影響かもしれませんが朝夕めっきり涼しくなってきました。ときには、肌寒いときもあります。台風12号は大きく日本列島を逸れてくれましたが、11号は上陸しそうです。毎年、台風シーズンになりますと、完璧を期して作ってきたつもりですが、自分たちの建てきたログハウスのことが心配になります。

多くのログハウスは海や山の風の影響をまともに受ける場所に建っていますので。でも、不思議なことに(当たり前のことですが!)ロギハウスは想像以上に頑丈で台風の去ったあとも悠然と建っております。台風のあと巡回に行ったときに、誇らしげに建っているログハウスの姿を見たときはこちらも胸を張りたい気持ちになります。また、ペアガラスも頑丈で今まで台風で割れた経験はありません。

毎年、台風シーズンが来ますとログハウスの建築に関していろいろなことを考えさせられます。自然も含めて、「我以外皆師也」ということかなと思います。

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盛りを誇ったアジサイも少し元気がなくなってきましたし、台風も日本列島に上陸しいよいよ本格的な夏の到来です。六甲山は緑が多く、下と比べると6~8度くらいの温度差があるような気がします。事務所にはクーラーはありません。夜は時には、寒いくらいな時もあります。夏には六甲という、時期が来ました。誰が名づけたか「関西の軽井沢」というらしいのです。

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淡路島でこの3月末から建築中のログハウス(ギャラリーに掲載)が遂に完成しました。上棟後、こだわり派の大工さんが一人で仕上げました。何10キロもある重い建具や天窓を取付けるのも、丸太の手すりの取付けもすべて一人でやり遂げました。あくまでも自分の感性にこだわったからです。

初めの予定にはなかったことですが、こだわりついでに、いろいろな家具も手作りしました。(ギャラリーに掲載していますので、ご覧になってください。)トイレアクセサリー、洗面所の棚、ポスト、イス、テーブル、ワゴン台・・・・・・・・え~ぃ最後には美観を優先してアンテナも隠しました。あっ、忘れていましたがエアコンの室外機も囲いました。

また、建てかたと平行して家庭菜園も始めました。完成と同じくして収穫ができました。大きくてポリポリしたキュウリ、甘いあま~いプチトマト、肉厚のピーマン、鈴なりのナス、カボチャもできました。これも初めての試みでしたが、大成功でした。その陰には大工さんの毎日の水やりがありました。

ログにも、家具にも、菜園にもこだわって頂きありがとうございました。本当にご苦労様でした。自由に造らせていただき、ご理解をいただきました施主様にも感謝です。これからも、六甲山と同じくらい淡路島でも頑張るぞ・・・・・・